日本口腔顔面痛学会 News Letter No.62
(2023年 6月9日発行)
日本口腔顔面痛学会 理事長 松香芳三
広報委員会委員長 伊藤幹子
今回は,3月12日に行われた神経障害性疼痛関連歯科学会合同シンポジウムについてりゅう歯科クリニックの安陪 春菜先生に報告していただきます.
神経障害性疼痛関連歯科学会合同シンポジウム2023参加報告
りゅう歯科クリニック 安陪 春菜
2023年3月12日(日),神経障害性疼痛関連歯科学会合同シンポジウムが開催された.日本口腔顔面痛学会主催,口腔顔面神経機能学会,日本口腔外科学会,日本歯科心身医学会,日本歯科麻酔学会,日本歯科薬物療法学会の5学会共催で,各学会より神経障害性疼痛研究,治療のエキスパートの先生方にご講演頂くことで,偏りのない見解を得られる.筆者のような地方在住者には特にありがたいことに,オンライン開催になってから毎年参加させて頂いている.今年のテーマは「歯科における神経損傷後の評価と神経障害性疼痛への対応」である.当日LIVE開催参加者は約55名であった.
開催に先立ち,本学会理事長・松香芳三先生(徳島大学大学院医歯薬学研究部顎機能咬合再建学分野)にご挨拶を頂いた.
午前のPart1は福田謙一先生(東京歯科大学口腔健康科学講座 障害者歯科・口腔顔面痛研究室,同大学水道橋病院スペシャルニーズ歯科・ペインクリニック科口腔顔面痛みセンター)が座長を務められ,4名の先生のご講演があった.
1.「三叉神経損傷によって生じる侵害情報伝達系の可塑的変化」
篠田 雅路先生(日本大学歯学部生理学講座)
神経障害性疼痛を理解する上で避けては通れない生理学分野.口腔顔面痛伝達機構,神経障害性疼痛発症時に生じる侵害情報伝達系の可塑的変化を図解豊富に解説下さった.理解しにくい分野であるが,本学会の口腔顔面痛ベーシックセミナーで篠田先生のご講義を併せて受講するとより理解が深まると思う.
損傷神経の細胞体において,nNOSが活性化→NOの合成が進む→三叉神経節全体に放出される→そのシグナルによって非損傷神経の興奮性が増大→三叉神経節内の興奮が活発になり,サイトカイン,ケモカインの放出が広範囲で起こる→三叉神経領域どこにも痛みが生じる,というご解説は,臨床で経験するVⅡ領域の痛みがVⅢ領域の神経損傷に起因すると思われる現象を裏付けてくれた.
2.三叉神経障害の手術療法は有効か?-適応と予後を検証するー
柴原 孝彦先生(東京歯科大学口腔顎顔面外科学講座 千葉歯科医療センター口腔外科 亀田総合病院歯科口腔外科)
神経修復術の適応は文献によってバラつきがあり,筆者が最も悩んできた点だ.「10㎜以内の損傷,神経損傷後遅くとも6カ月以内が適応.早ければ早いほど良いが,患者も術者も更なる手術にはなかなか同意しないので,実際には損傷後2,3か月後が多い」と明確なご回答を得られた.検査に関しては患者の主観によるものが多いが,損傷後1か月経過後からはSNAP(Sensory Nerve Action Potential:知覚神経活動電位導出法)という客観的な検査を行っているのも専門施設ならではだ.Nerbridgeやスライディングテクニックと言った,テン
ションがかかりにくい手術技法をご紹介頂いた.
3.データで見る医原性下歯槽神経・舌神経損傷の実態
西山 明宏先生(東京歯科大学口腔病態外科学講座)
2011年より800名を超える神経損傷患者が受診されている東京歯科大学病院の受診状況,発生率,発症要因のデータ,診断,手術症例をご報告頂いた.
「CTの普及で下顎管というメルクマールを確認できる下歯槽神経に比べ,舌神経にはメルクマールがない.下歯槽神経より舌神経のほうが手術比率が25%高い理由はこのためであろう」と述べられた.また,損傷から受診までの期間が院外からの紹介では,「1か月以内」と「12カ月以上」が最多であった.初期対応が肝心な神経損傷症例は, 担当医が適切な紹介先, 対処法を知っているか否かで予後が分かれてしまう,と捉えた.
4. 舌神経損傷および疼痛の中枢性感作の予防
照光 真先生(北海道医療大学歯学部歯科麻酔科学分野 東京歯科大学ペインクリニック科)
神経MRI解析による舌神経,下歯槽神経の走行,解剖学的研究,舌神経損傷リスクと対策について,また,中枢性感作の予防,早期発見はできないか,のテーマでご講演頂いた.舌神経損傷予測の困難さは,個体差と, 末梢にいくほど分枝しており臼後部で走行の変位があること,また,内側翼突筋の伸縮や筋腹で舌神経の走行が頬舌的にも移動する可能性があることによる.舌神経損傷も,中枢性感作もどちらも予防は難しい.脳画像専門家による神経障害性疼痛の慢性化,中枢性感作の研究は今後の疼痛医学で期待される.
1時間の昼休みを挟んで、午後のPart2は坂本英治先生(九州大学病院口腔顔面痛外来顎顔面口腔外科)が座長を務められ,5人の先生のご講演があった。
5.「三叉神経障害の薬物療法と神経障害性疼痛薬物療法への新しいアプローチ」
李 昌一先生(神奈川歯科大学社会歯科学系健康科学講座災害歯科学分野)
疼痛のメカニズム,中枢・末梢鎮痛薬の作用機序,特に三叉神経痛の薬物治療,神経障害性疼痛薬物療法をご解説頂いた.
メチコバール®の高用量使用で筋委縮性側索硬化症の進行抑制に有効性を示す臨床試験結果が得られたとの報告は斬新であった.また,「抗うつ薬の副作用である口喝がオーラルフレイルの負の連鎖の初期段階で引き金になる,それを防ぐための原因療法,抗酸化作用薬で活性酸素を制御すべきではないか」と, 神経障害性疼痛薬物療法がアップデートされた.
6.三叉神経障害に対する星状神経節ブロック及び星状神経節近傍への光線療法の効果~生理的変化から~
下坂 典立先生(日本大学松戸歯学部 歯科麻酔学講座)
筆者が神経損傷患者の星状神経節ブロック(SGB)を依頼する医科ペインクリニックの先生は当初よりSGBをすることは無く,まずは星状神経節照射(SGR)から始められる.
SGBとSGRに治療効果の差があるのか,個人的な関心事であったので, 両側頬部表面温度変化のSGBとSGRの比較をされた,下坂先生の研究データは非常に興味深かった.SGBでは5~10分後に,SGRでも15~20分後に,照射側の表面温度上昇が有意に観られた.
7.歯科処置後の神経障害に対する心理的ケア
豊福 明先生(東京医科歯科大学大学院 歯科心身医学分野)
神経障害性疼痛の患者を診るに当たり必須である, 後遺障害の受容サポートの講演だった.「無批判で聞く.NSAIDsや抗菌薬のように効果が一定ではない抗うつ薬は投げ与えるのではなく微妙な匙加減で処方する」ことが大切,と述べられた.
「インフォームドコンセント(IC)の過程で患者の特性,性格が浮かび上がってくるのではないか.歯科処置前のICの見直しは早急に解決すべき歯科界の課題だ.」に思わず頷いた参加者も多かったのではないだろうか.
8.神経損傷患者に対する認知行動療法
土井 充先生(広島大学医系科学研究科 歯科麻酔学研究室)
痛みの無かったころに戻ることはできない症例となっている神経障害性疼痛患者に対する認知行動療法についてご講演頂いた.現実起こってしまった神経障害に対し,現実的な望ましい目標を考え,実行していく,アクセプタンス&コミットメントセラピーによる対応も有用とのこと.2023年2月12日に行われた,土井先生の精神医学セミナーでは歯科医師による認知行動療法の実践を学べる貴重な機会だった.ちょうどオンデマンド配信期間中であったので,併せて受講できた.まずは, 土井先生のソフトな語り口を見習いたい.
9.三叉神経損傷で医事紛争にならないようにするために
佐久間 泰司先生(大阪歯科大学歯学部医療安全管理学)
なんと,法学を修められておられる佐久間先生.ロジカルで説得力のある歯切れのいいご講演が展開された.紛争とはどういうものか,対決,妥協,服従,協働,回避という,漠然としたイメージしか湧かない用語を明確にご解説頂いた.
「三叉神経損傷では必ず医事紛争になるかというとそうでもない.これはコンフリクトマネージメントの対応ができる先生とそうでない先生の違いである.」コンフリクトマネージメントが本講演のキーワードだと思う.
「病態説明から入るのではなく,まずは目の前の患者に共感する.答えを言うのが共感ではない.エビデンスに振り回されるのはやめる.我々は理系人間なので疾患の話し,医学的な説明をついしてしまう」に我が身を振り返った.
総合討論では各先生方から一言ずつご意見を頂いた.コメンテーターの和嶋浩一先生(元赤坂デンタルクリニック),今村佳樹先生(日本大学歯学部口腔内科学講座),お二人の重鎮の先生方より,「今後はどう対応するべきかを考える」という共通のコメントを頂き,シンポジウムは締めくくられた.
「神経障害性疼痛」という共通言語が歯科医師間で普及していない現況下,「抜けば治る」と担当歯科医や口腔外科医に言われ,翻弄されている患者を嫌と言うほど診てきた.抜歯後,巡り巡って来院した患者の持参メモには「アロディニアがある」と専門用語が書かれていることもある.歯科でまともに対応されず,苦悩しながら情報収集されたのだろう.
「そのうち治る」症例ばかりではない,事の重大さを歯科医師が理解し,神経障害性疼痛の概念が普及することを切に願っている.一人でも多くの歯科医師にこのシンポジウムに参加してほしい.オンライン開催+オンデマンド配信形式がこれほど相応しいセミナーは無いと思う.今後も是非この形式で続けて頂きたい.担当委員の先生方,講師,コメンテーターの先生方,システム構築を頂いた先生方に深謝する.
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